私が仕事続けてきてよかったと思う時って、
自分の能力が上がった時よりも、
自分の成果が認められたときよりも、
圧倒的にこちらです。
後輩から感謝された時。
自分の部下が他の誰かに褒められた時。
人の幸せが私の幸せとかいう、
聖人みたいな話じゃあない。
自分の存在意義を分かりやすく感じられる瞬間だからです。
私、人の役に立ったんだわーって。
まぁーーー
こんな所でも私は、承認欲求の鬼だねー。
誰かに認められたり、必要とされたりするために、
仕事してるようなもんよねー、私の場合。
仕事においては特にそうだけど、
自己肯定感が少々薄いんだよね、私は。
私は何の役にも立ってない、とかすぐ思う方で、
昔は特にそうだったわ。
だから社畜化したのよね。
仕事がある=必要とされてる=喜んで!!
みたいな。
ダメだぞ、もう社畜は。
もう昔に戻るなよ。
(定期的言い聞かせ。)
ま、今はもう、
社畜に関しても、自己肯定感に関しても、
昔に比べりゃかなり改善されたけど。
あと、仕事を通じてつくづく思うのが、
人を育てるのって、自分が成長するよりずっと難しい。
当然よね、相手は他人なんだから。
思いどおりに育ってくれないのが当たり前。
どんなに気が合っても、
どんなに可愛がっても、
たとえ相手が家族でも、
自分以外はみんな他人なの。
「分かり合える」は幻想。
「思いどおりになる」は勘違い。
でも、だからこそ
「思いが通じた!」の嬉しさってのがあるんだよねぇー。
完全に「分かり合える」ってのが幻想でも、
「分かり合える瞬間」ってのはあってだな。
そのために生きてるようなもんだよね。
・・・なーんて思うことも、多々あります。
手に入りにくいものこそ価値があんのよ。
簡単に分かり合えたら、人生なんてつまらない。
そういう意味で、今日は良い事、ありました。
よーし、今日も1日、仕事頑張るかー。
頑張るかぁー。
めんどくせぇなーー。
(せっかくいい話風のこと言ったのに。)
こういうことを考えるとき、
私って実は子育て向いてるんじゃないかな・・・
とか思うのだけど、
たぶん、そんな単純な話じゃないんだろうなー。
なんてったって私の場合、
何だかんだで相手は大人だし、
言語的な意味では、日本語通じるしね。
言語的な意味では、ね。
それに比べて、小さいお子様はモンスターだよねー。
ほーーーーーーーんと、
世の中のお母様方を、尊敬してやまないいよ私は。
私なんてさ、
いくら殊勝なこと言ったって、
相手にしてるの大人だから(自己肯定感カムバック)
