ペンは剣よりも強し。
その言葉を信じて、政府に投書した。
■首相官邸
ご意見募集(首相官邸に対するご意見・ご感想)
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
といっても主な原動力は、
グダグダ悩む文章オタク的には
こりゃー取り組まなきゃならない春休みの課題だな!!
おーーし、書いてやるわ!!
って気持ちが圧倒的なので、
正義を振るってきた!みたいな気持ちは、
そこまでないけどね。
ま、ゼロかと言われるとそんなことないけど。笑
でも、そんなことよりも、何よりも、
これが一番。
グダグダ思い悩む自分との、決別のため。
これを書いて送ったことで、
なんだかスッキリできた気がする。
だって、泣かないで書き上げられたもん。笑
もう、思い悩みすぎるのはやめた。
今度こそやめた。笑
そりゃ人間だから、
たまには落ち込むし、泣くだろうが、
でも、少なくとも、
今後は今よりも朗らかに過ごすことに決めた。
もう、決めた。
辛い思いをしている人は
たくさん、たくさん、いるけれど、
それを思い悩みすぎて、私が具合悪くなってたら、
笑えないもんね。
眠れない夜を過ごしてる場合なんかじゃ、ないのだ。
本来の私は、
「ちゃらんぽらん」を愛し、
「無駄」の美徳を愛し、
めんどくせーけど結局は前向きで、
ネガティブをポジティブに変えるのが得意。
そういう奴なのだから。
そんな自分を取り戻すのだ。
頑張れ。にこやかに生きろ。
お前がやるべきことは、それなんだ。
しっかりしろ。
そんな思いを込めて。
感情的にならないように、
でも、感情がこもるように。
偉そうにならないように、
でも、控えめにもなりすぎないように。
必死さが、願いが、伝わるように。
それを思って、
持てる力を注いで書きました。
届け。
--------- (以下、投書全文) ------------
「補償なき自粛」は、もう限界です。
補償がなければ、
国民の行動制限を進めるどころか、
今を維持することもできません。
手遅れになる前に、どうか補償をお願いします。
この状況で、できることはもうやっている。
そんな人が大多数な中、
「8割の行動制限」を進めるのは簡単なことではありません。
何かが変わらなければ、もう無理です。
現状維持ですら、できるかどうかの瀬戸際です。
シンプルなその現実を、見てください。
今の国政は、
その現実に気付いていない、
あるいは、気づいているのに無視している、
市民には、そういう風に見えています。
自分たちは大した痛手を追わず、
市民にばかり「もっとやれ、もっとやれ」と、無理を強いている。
そういう風にも見えています。
「正気じゃない」とさえ思います。
なぜそう見えるのでしょうか。
そう思われている国政の言葉が、
響くでしょうか。
人を動かすでしょうか。
何より、「正気じゃない」と感じる国政の下に暮らす怖さを、
お分かりでしょうか。
そもそも、十分無理をしているのが今です。
そこから何も変わらないのに、
それ以上の制限を行うことが、
現実問題として、出来るでしょうか。
今耐えている人も、企業も、あとどれだけ持つでしょうか。
「ここが正念場、こんな時だからお願いしたい」
そう仰いますが、
「こんな時」だからです。
「こんな時」だからこそ、疑問は膨れ上がっています。
「こんな時」でも、国政は助けてくれない。
あくまで「自粛」。
つまり、
それで生活が立ち行かなくなっても、自己責任。
それはもはや、不安を通り越して、恐怖です。
その思いは、
国政の言葉に耳を貸すよりも、
自分の身を優先する行為に、人を駆り立てます。
そんな国政に、自分の生活を、命を、
託すことなんてできないからです。
「感染者を出すかもしれない」の「かも」より、
「このままでは確実に破綻する」の「確実に」が、
更に強く、強く、意味を持ちます。
「命のために、自粛を」
その言葉が必殺技になりえた時期は、もう過ぎました。
一時的な対処なら、話は分かります。
でも、「長期戦」だと仰いました。
いつ終わるかも分からないのに、
何の見返りもなく、補償も、保証もない「自粛」。
国政の言葉に必死で応えた結果、
待っているのはただの自滅かもしれない。
その恐怖に耐えながら、営業を縮小する、停止する。
その絶望感を、お分かりでしょうか。
それでも、「皆さんの命を守るためにご協力」を。
虫が良すぎませんか?
そんな言葉に頼ってこの状況を強要する国政は、
国民全員を人質に取った「脅し」だと感じます。
そんな状況が、
「長期戦」を乗り切れるほど、持つとお思いでしょうか。
そうなるわけにいかない、と思う企業は、
企業活動を止められず、社員を出勤させざるを得ません。
それでは行動制限は進みませんが、
「国政は助けてなんかくれない」という思いが、そうさせています。
それをどうして責められるでしょうか。
それでも、あくまで「補償なき自粛」を主軸に国難を乗り切ろうとする様(さま)は、
政治と言えるどころか、
人として正常なのかと、恐ろしく思います。
我々は、その下で暮らす恐怖を抱えて、
これからも生きなければならないのでしょうか?
ウイルスではなく、経済的理由で生活が脅かされ、死人が出るのを、
指をくわえて眺めなければならないのでしょうか?
それでもギリギリ乗り切れたとして、
その後の日本は、満身創痍です。
そこから盛り返す元気も、経済力も、残りません。
何もしてくれなかった国政への、
不満と絶望だけが残ります。
コントロールできないウイルスではなく、
コントロールできるはずの国政や国民生活が、
これ以上、人を蝕むのは、悲しすぎます。
こんなことなら、ウイルスで死んだ方がマシだった。
そんな事を言う人が、
この先、現れることがないよう、
祈るような気持ちで、毎日願っています。
最後に改めて、
どうか、補償をお願いします。
それがどうしても難しいのなら、
これなら食いつないでいけると思えるだけの、「支援」をお願いします。
特に、
「人が密集する空間は徹底的に避けてください」
そんな言葉と同時に、
早くから営業の縮小や停止を余儀なくされた業種に、
適切な補償を、支援を、お願いします。
最も身を削った人々です。
その人々に対して手が差しのべれられる日が、
まず 1つ目の希望だと思っています。
信用・信頼がなければ、人は動きません。
希望がなければ、不安は消えません。
そして、
今を耐える勇気を持つには、
それは絶対に、必要です。
勇気を下さい。
希望を下さい。
どうか、お願いします。
